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株式会社ナウキャスト Economic Research Unit
余野 京登、市川 祐衣
本レポートは、ナウキャスト・日本労働組合総連合会の共同分析レポート「2024年の最低賃金引き上げがパート・アルバイトの賃金と求人に与えた影響」(2025年5月14日公表)の続編として、2025年度の最低賃金改定を対象に分析したものである。
「HRog賃金Now」の元データであるフロッグ社の求人ビッグデータを用い、2025年度の最低賃金引き上げが企業の募集賃金と求人件数に与えた影響を、以下2つのテーマに着目して検証した。なお、本年度の主たる関心は、都道府県間の最低賃金改定の発効日が過去最大規模で分散したことが都道府県レベルの募集賃金にどう現れたかにある。
【テーマ1 発効日の分散による県レベルでの最低賃金発効前の先取り賃上げの有無】
2025年度は最低賃金改定の発効日が2025年10月〜2026年3月に分散したため、隣接する都道府県間で最低賃金発効有無の差が発生する状況となった。これに対し、周辺都道府県での賃上げに反応して未発効の都道府県で「先取り賃上げ」が発生したかを検証した。最も発効日が遅い秋田県が含まれる東北地方では平均募集賃金は発効日を迎えてから上昇する動きを取り、先取り賃上げは観察されなかった。最も賃金の上げ幅が大きい熊本県が含まれる九州地方(沖縄を除く)では発効日前から賃金が上昇する傾向が見られるも発効前の県の賃金上昇率は発効後の県の上昇率より抑えられており、先取り賃上げが発生したとしても限定的であった。両者の結果から、発効日が遅い県の労働者は、所得改善のタイミングが他県より遅れたと考えられる。
【テーマ2 最低賃金引き上げ幅の拡大による求人の消滅・減少への影響】
東京都内の9月時点で最低賃金付近(旧最賃〜+50円)の賃金で募集していた企業のうち、求人を減少・消滅させた企業の割合は2024年度85.2%→2025年度85.1%とほぼ横ばいであった。引き上げ幅が2024年度比で+13円と大きい2025年度であっても、短期的な求人退出が急増した形跡は確認できない。最低賃金より高賃金帯(旧最賃+200〜+250円)の企業では同割合は2024年度81.8%→2025年度78.8%で推移し、最低賃金付近のほうが求人退出が起きやすい傾向は両年度で一貫している。
政府は2020年代内に全国平均で時給1,500円を達成する目標を掲げており、2025年度の最低賃金改定はその達成に向けた重要な一歩と位置づけられる一方、経済界からは最低賃金引き上げによる中小企業の負担増や人件費の価格転嫁の遅れに対する懸念が引き続き示されている。本分析は、最低賃金の改訂が短期的に企業の募集賃金と求人件数に及ぼす影響を観察することで、最低賃金政策の議論に寄与することを目的としている。
2025年度の最低賃金改定は、47都道府県のうち相当数で発効日が後ろ倒しされ、2025年10月〜2026年3月にわたって発効日が分散したことと、引き上げ幅が全国平均で+63円(引き上げ率6.0%)と過去最大規模となったことの2点で、従来年度と性質を異にする。本分析では、求人ビッグデータを用い、発効日の分散が県レベルの平均募集賃金に与えた影響と、過去最大規模の引き上げ幅が短期的に求人数に与えた影響を検証する。
具体的には、以下の2点を検証する。
分析には求人サイトから収集した募集求人データ(フロッグ社の求人ビッグデータ)を使用した。安定性を確保するため、2025年4月〜2026年1月の週次求人数の変動が小さく、求人数の絶対量が大きい上位10サイトに分析を限定した。
●調査概要
最低賃金発効日の分散により、発効日を迎えていないにもかかわらず、隣接県の発効日に影響されて賃上げが実施される「先取り賃上げ」が発生しているかを調査した。最も発効日が遅い秋田県が含まれる東北と、最も賃金の上げ幅が大きい熊本県が含まれる九州(沖縄を除く)を取り上げた。2025年度の東北・九州各県の発効日は【表1】の通りで、東北は10月〜2026年3月、九州は11月〜2026年1月に分散している。12月上旬時点までに発効済みの県を「早期組」それ以降の県を「遅延組」に分類し、改訂の影響が出る前の8月最終週を100とした月末週次平均募集賃金の推移を比較した。
【表1】東北・九州の各都道府県ごとの発効日と早期組/遅延組の区分
●東北6県の動向
東北は宮城(2025年10月4日発効)と秋田(2026年3月31日発効)の発効日の差が大きく、最も発効日の分散が大きい地域である。東北6県の2025年8月末を起点とした月末の週次平均募集賃金の推移を表した【図1】によると、早期組・遅延組で発効有無の影響が出うる2025年11月末時点で早期組(宮城・青森・岩手)が+0.50〜+1.79%、遅延組(山形・福島・秋田)が▲0.92〜+0.16%となり、発効前の先取り賃上げは概ね観察されなかった。遅延組の中で最も賃上げが早い山形県は12月23日に発効であるため、11月末時点で多少の影響が出ていた可能性が指摘できる。なお、青森県はサンプル数が少なく、値の変動が大きくなりやすい傾向がある。
秋田県は発効前の12月時点でも+1.13%の上昇を示しているが、すでに発効を迎えている早期組でも同様に上昇していることから、発効を先取りした動きというより、東北全体の冬季求人の賃金引き上げ圧力(人手不足)と年末年始であることが支配的とみるのが自然だと考える。
【図1】東北6県:平均募集賃金の推移(月末週)
●九州7県の動向
【図2】は九州7県の2025年8月末を起点とした、月末の週次平均募集賃金の推移である。早期組・遅延組で発効有無の影響が出うる11月末時点の賃金上昇率を比べると、早期組(鹿児島・福岡・佐賀・長崎・宮崎)が+2.79〜+5.07%、遅延組(熊本・大分)が+1.64〜+2.34%と遅延組であってもすでに増加しており、先取り賃上げが発生した可能性がある。ただし、遅延組の上昇率は早期組よりも低く抑えられており、先取り賃上げが発生したとしても限定的である。12月末時点になると1月1日からの発効に向けて遅延組も賃金が上昇し、早期組の賃金上昇率に追いついた。最大の上げ幅となる熊本県は、9月末にかけて一時的に高い上昇を見せたものの、その後上昇率は落ち着き、11月末時点では早期組よりも低い上昇率になっている。
なお、全体的な傾向として12月末に賃金が上昇した後、2026年1月12日時点では一旦水準が低下する傾向がみられるが、これは12月の年末年始の特殊求人等による短期的な上振れの影響と推察される。
【図2】九州7県:平均募集賃金の推移(月末週)
●テーマ1まとめ
東北では、県全体の平均募集賃金は概ね最低賃金改訂前後に上昇しており、先取り賃上げは観察されなかった。一方、沖縄を除く九州では発効前の地域でも平均募集賃金が上昇しており、一部先取り賃上げが起きた可能性が指摘できるが、発効済みの地域と比較し上昇率が抑えられていた。
程度の差はあれ、両地域とも発効日が遅い県ほど労働者の所得改善のタイミングが遅れたと考えられるため、発効日のばらつきを許容する制度設計は、地域間の賃金水準格差を一時的に拡大させうる点に留意が必要と言えよう。
●東京都の最低賃金付近企業における求人退出―2024年度と2025年度の比較
【図3】は東京都(2025年10月3日発効)の9月・10月の月次平均募集賃金帯ごとの企業数の分布を表したものである。最低賃金の引き上げによってパートタイムの賃金は右側にシフト(上昇)していることがわかる。
【図3】東京都賃金帯別の企業数の変化
最低賃金の引き上げ幅が2024年度+50円から、2025年度+63円(+26%)と上昇したことが求人数に与えた影響を調査する目的で、東京都の9月の月次平均募集賃金が「最低賃金付近(旧最賃〜+50円)」帯にあった企業(2024年度8,435社、2025年度7,890社)と、「高賃金帯(旧最賃+200〜+250円)」の企業(2024年度2,095社、2025年度2,492社)それぞれについて、改定後の10月の月次求人件数の変化を集計し、【表2】に求人件数が維持・増加・消滅・減少した企業数をまとめた。
【表2】最低賃金付近帯企業と高賃金帯企業の求人変化(東京都、2024年度・2025年度)
最低賃金付近帯において2025年度に求人が消滅・減少した企業の割合は85.1%(消滅30.1%、減少55.0%)となり、2024年度の85.2%(消滅44.6%、減少40.6%)とほぼ同水準であった。また、求人数が維持された企業は6.7%(2025年度)/7.7%(2024年度)、増加した企業は8.2%(2025年度)/7.0%(2024年度)であり、年度間の差は概ね1pt程度に収まっている。
2024年度から2025年度にかけての求人件数のトレンドを把握するために、比較対象として高賃金帯の企業を観察すると、消滅・減少率が2024年度81.8%→2025年度78.8%(▲3.0pt)と低下しており、最低賃金付近帯との消滅・減少率の差は2024年度に最低賃金付近帯が3.4pt高かった状態から、2025年度には6.3ptに拡大した。最低賃金引き上げ幅が拡大した2025年度は、トレンドを考慮すると最低賃金付近帯の求人の減少傾向が観察されるが、微減に止まった。なお、最低賃金付近帯のほうが求人退出が起きやすい傾向は両年度で一貫している。
●テーマ2まとめ
最低賃金の引き上げ幅が拡大したにもかかわらず、最低賃金付近帯の短期的な求人退出比率は2024年度と2025年度でほぼ変化がなかった。一方で、トレンドを取り除くために高賃金帯と比較すると、2025年度は、最低賃金付近帯の求人の減少傾向が見られたが、微減に止まった。
本分析内では、東京都については、最低賃金改定幅の拡大が「求人の出し渋り」を加速させたとまでは言えない。
●まとめ
本分析では以下の2点がわかった。
●政策的示唆
発効日のばらつきは、地域住民の所得改善タイミングに事実上の不公平を生じさせるため、地域間の発効日格差をどこまで許容するかは政策設計上の重要論点となる。
なお、本分析は短期の求人ビッグデータに基づくものであり、長期的な雇用量・賃金水準への影響、および中小企業の経営への波及効果については、別途の検証が必要である。本分析結果は、最低賃金政策の議論に資する基礎資料として活用いただきたい。
以上