2025.05.14
レポート

【ナウキャスト・連合共同分析レポート】2024年の最低賃金引き上げがパート・アルバイトの賃金と求人に与えた影響

2024年の最低賃金引き上げがパート・アルバイトの賃金と求人に与えた影響

株式会社ナウキャスト Economic Research Unit
河村 絢也、余野 京登

■概要

  • 賃金・求人動向指数「HRog賃金Now」の作成に用いた元データであるフロッグ社の求人ビッグデータを用い、2024年における最低賃金の引き上げが、東京都および各都道府県の企業におけるパート・アルバイトの募集賃金と求人件数に与えた全体的な影響を検証した。


【東京都における分析】

  • 募集賃金の変化を比較すると、9月時点で最低賃金付近の賃金で募集していた企業の割合は、10月に減少し、最低賃金+50円の賃金帯へ移行する傾向が見られた。
  • 一方で、9月末時点で最低賃金付近よりも高い賃金帯で募集していた企業は、11月末時点でも賃金を据え置き、同じ賃金帯で募集を継続する傾向が見られた。


【都道府県別の分析】

  • ほとんどの都道府県で、9月末時点で最低賃金付近の賃金で募集していた企業の多くは、11月末時点で募集賃金を+5〜6%程引き上げていた。最低賃金の引き上げ幅が特に高かった徳島県については、8.0%以上と高水準で募集賃金を引き上げている企業の割合が高い。
  • 求人数については、最低賃金付近で募集していた企業グループと高賃金帯で募集していた企業グループにおいて、9月に求人件数の減少や募集の停止が発生した割合は同程度だった。そのため、最低賃金の引き上げが求人の出し渋りを引き起こしたとは考えにくい。


■詳細

●本分析の背景について
 2025年春闘では、政府は物価上昇を上回る賃上げの実現に向けた取り組みを強化した。2024年11月には首相官邸で「政労使会議」を開催し、労使間の協力を促した。石破茂首相は、中小企業や地方経済への波及効果の重要性を強調し、経済界・労働界双方に協力を求めた。さらに、政府は最低賃金の引き上げを重要政策の一つと位置づけ、2020年代内に全国平均で時給1,500円を達成する目標を掲げ、来春までに具体的な対応策を取りまとめるよう指示を出した。
 会議では、連合が約30年ぶりとなる高水準の賃上げを求める方針を示し、芳野友子会長は政労使による協力体制を評価した。一方で、経済界からは慎重な意見が相次ぎ、日本商工会議所や経団連は最低賃金の引き上げペースや金額について懸念を表明。特に、消費者への価格転嫁が進んでいない現状や、中小企業の負担増への影響が指摘された。
 本分析では、2024年の最低賃金引き上げの影響を検証し、求人と賃金への波及効果を明らかにすることで、今後の最低賃金政策に関する基礎資料を提供することを目的とする。

●本分析の目的について
 本分析では「HRog賃金Now」の作成に用いた元データであるフロッグ社の求人ビッグデータを使用して、2024年における最低賃金の引き上げが、東京都、および各都道府県の企業におけるパート・アルバイトの募集賃金と求人件数に与えた影響を検証した。
 求人ビッグデータを使用する利点としては、企業ごとの募集賃金が計算可能となるため、企業がいつ、どの程度賃上げを行ったかということの分析が可能となる点である。また、求人の地域に関する情報も存在するため、都道府県別の分析も可能となる。まず、本分析では月ごとに企業ごとの募集賃金の加重平均、および求人数を計算する。その後、どの賃金帯の企業が賃金を上げたのかを東京都のみと都道府県別で分析する。

●東京都における最低賃金引き上げの全体的な影響について
 まず、図1では東京都における2024年10月の最低賃金引き上げに着目する。図1は、最低賃金改定前(1,113円)の9月と改定後(1,163円)の10月のそれぞれにおいて賃上げした企業の数を企業ごとの平均募集賃金帯で比較し、最低賃金引き上げによって求人数がどの程度変化したのかを分析している。2024年10月の最低賃金引き上げによって、全体の求人数はやや減少しているが、分布全体に大きな変化は見られない。一方、最低賃金帯である1,100-1,150円帯の企業は8%減少し、1,150-1,200円帯の企業が5%上昇していることが分かる。これらを踏まえると、最低賃金の引き上げにより、最低賃金帯の募集賃金のみが上昇していることが示唆される。

【図1】2024年9月、10月における東京都での賃金帯ごとの企業割合

【図1】2024年9月、10月における東京都での賃金帯ごとの企業割合



●最低賃金付近と高賃金帯の企業における東京都での募集賃金の変化について
 図2は、2024年9月時点で募集賃金が最低賃金付近(1,100〜1,150円)の企業と高賃金帯(1,300〜1,350円)にグループ化して、翌10月の募集賃金分布を示したものである。両方のグループにおいて、最低賃金付近の求人の約3割が消滅していることが分かる。ただし、これらの消滅が企業の募集停止によるものなのか、あるいは採用が決まり募集が終了したのかは判別できない点に留意が必要である。また、図2上によると、最低賃金付近の企業が最も多く移行した賃金帯は1,150〜1,200円であり、中でも引き上げ後の最低賃金である1,163円付近で募集している企業が最も多く分布している。したがって、最低賃金付近で募集している企業は、最低賃金の改定にしたがって募集賃金を引き上げていることが分かる。他方で、図2下によると、最低賃金より高賃金帯の企業は、50%近くが1,300〜1,350円の賃金帯にとどまっていることから、募集賃金の引き上げを行わなかったと考えられる。

【図2】9月時点で最低賃金付近と最低賃金より高賃金帯の企業それぞれにおける10月時点での賃金帯ごとの企業割合(東京都)

9月時点で最低賃金付近の企業における10月時点での賃金別の企業割合

9月時点で最低賃金より高賃金帯の企業における10月時点での賃金別の企業割合


●最低賃金付近の求人における東京都の求人数の変化について
 図3上は、2024年9月時点で募集賃金が1,100〜1,150円の企業(約5,000社)に限定し、翌10月の求人数の動きを示したものである。図によると、最低賃金付近の求人の約33%が消滅していることが分かる。加えて、求人数を減らしている企業が13%程度となっている。消滅と減少を合わせると、46%の企業が求人数を減らしていることがわかる。他方で、図3下の募集賃金が最低賃金より高賃金帯の企業に限定した場合の分析でも、消滅と減少の割合は52%程度となっている。したがって、最低賃金より高賃金帯の企業と比べて、より最低賃金引き上げの影響を受ける最低賃金付近の企業で求人数の減少が起きていないことから、最低賃金引き上げが求人数に与える影響は限定的であったと考えられる。

【図3】9月時点で最低賃金付近と最低賃金より高賃金帯それぞれに限定した企業における求人数の変化(東京都)

募集求人数の動き(2024年9月時点で募集賃金が最低賃金付近の企業に限定)

募集求人数の動き(2024年9月時点で募集賃金が最低賃金より高賃金帯の企業に限定)


●最低賃金引き上げの都道府県別の分析
 図4は、2024年9月時点で最低賃金付近(最低賃金〜最低賃金+20円)の企業に限定し、9月から11月にかけての都道府県別の募集賃金上昇率を示したものである。ほとんどの都道府県では、募集賃金の上昇率が5%程度となっている。特に注目すべきなのは、全国で過去最大となる84円の最低賃金引き上げを実施した徳島県の動向である。同県では、募集賃金の上昇率が8%以上に達した企業の割合が顕著に高く、大幅な最低賃金引き上げが募集賃金の上昇につながっていることが確認された。中小企業の負担増加が懸念される中、少なくとも賃金の面では最低賃金の引き上げが着実に反映されていると言える。

図4】9月時点で最低賃金付近(最低賃金~最低賃金+20円)に限定した企業における都道府県ごとの募集賃金上昇率

9月時点で最低賃金付近(最低賃金~最低賃金+20円)に限定した企業における都道府県ごとの募集賃金上昇率

9月時点で最低賃金付近(最低賃金~最低賃金+20円)に限定した企業における都道府県ごとの募集賃金上昇率


 図5は、2024年9月時点で最低賃金付近(最低賃金〜最低賃金+20円)と最低賃金より高賃金帯(最低賃金+200〜最低賃金+250円)の企業に限定し、9月から11月にかけての都道府県別の求人数の変化を示したものである。図5上の最低賃金付近の企業群での分析では、ほとんどの都道府県で、求人数が減少あるいは消滅した企業の割合は50~60%程度となっている。東京や神奈川、大阪などの都市部は減少・消滅の割合が比較的低い。また、最低賃金を大幅に引き上げた高知県では、減少・消滅の割合が、近隣の香川県と高知県に比べて5%高くなっている。他方で、図5下の最低賃金より高賃金帯の企業群における求人数と比較すると、どの都道府県でも最低賃金付近帯の企業と最低賃金より高賃金帯の企業で求人数に大きな差は見られなかった。したがって、最低賃金の引き上げによって求人の出し渋りを引き起こしたとは考えにくい。

【図5】9月時点で最低賃金付近と最低賃金より高賃金帯に限定した企業における都道府県ごとの求人数の変化

9月時点で最低賃金より高賃金帯に限定した企業における都道府県ごとの求人数の変化


●結論
 今回の分析結果を踏まえると、最低賃金の引き上げにより、最低賃金付近のパート・アルバイトの募集賃金が着実に上昇していると言える。また、最低賃金の引き上げによって求人の出し渋り等の懸念があることから、求人数への影響も検証した。結果として、募集賃金が上昇した最低賃金付近企業グループにおいて、より高賃金帯の企業グループと比較しても求人数が減少していないことが判明した。
 また、都道府県別の比較では、2024年の最低賃金引き上げで84円もの大幅な引き上げを行った徳島県で、8%以上の募集賃金引き上げを実施した最低賃金付近の企業の割合が他県と比べて顕著に高いこともわかった。一方で、徳島県においても、より高賃金帯の企業グループと比べて求人数が減少していないため、大幅な最低賃金の引き上げが求人の出し渋りを引き起こしたとは考えにくい。
 2024年7月、中央最低賃金審議会は地域別最低賃金改定の目安額を+50円と定めた。一方、当分析によると、2024年の最低賃金改定によって、最低賃金付近の求人では求人数の減少を伴わず募集賃金は上昇した。これらの結果に加え、本分析に使用したデータを注視しながら引き上げ額を検討し、段階的な賃金引き上げを進めることで、求人市場への影響を最小限に抑えつつ着実な最低賃金向上が実現できると考える。

以 上


貴社の課題に応じて柔軟に対応いたします

詳しい事業内容や実績をまとめた
PDF資料をご請求いただけます
資料請求
icon
お見積り依頼、ご相談は以下の
フォームからお問い合わせください
お問い合わせ
icon

グループ会社