株式会社ナウキャスト Economic Research Unit
ナウキャストは、求人ビッグデータをもとにした賃金動向指数サービス「HRog賃金Now」の指数を用いて、令和6年能登半島地震の求人市場への影響について調査しました。
■概要
■詳細
◯はじめに
2024年1月1日の能登半島地震発生から1か月が経過した。規模は、マグニチュード 7.6となり、石川県志賀町、輪島市では震度7を記録した。石川県では死者241名を含む人的被害が1423名に上っているほか、5万8千棟を超える住宅被害が生じている(2024/2/8現在)1。
石川県は、2月1日に「石川県令和6年能登半島地震復旧・復興本部」を設置。インフラの早期復旧・強靭化や、農林水産業、伝統産業、観光産業などのなりわいの再建に向けた具体的取り組みに着手した。第1回において、石川県の馳知事は、雇用の安心や交流人口の拡大、専門人材の雇用が必要である旨、特に強調している2。
この点、HRog賃金Nowでは都道府県別に週次・2週間ラグで求人動向を把握できることから、石川県における求人動向についても、既に2024/1/22時点までの指数を配信済みである。以下では、震災発生後の石川県における正社員求人の動向を確認する。
◯石川県における正社員求人動向の全体感
石川県の求人数指数の水準値をみると、月初に減少し月末にかけて増加するという季節的な動きを示しつつ、震災後は震災前に比べ水準に大きな変化はない。全国対比で伸び率は大きく異ならないことを踏まえると、少なくとも石川県全体でみて、震災発生により求人需要が大きく落ち込むようなことは発生していないと考えられる(図表1)。
【図表1】石川県の求人数指数(水準値、月給+年収、ウエイト調整無、全体、週次)
〇職種別にみた石川県の震災前後での求人数の変化
職種別に震災前12月の最終週である12/25時点の求人数指数と、震災後の1月の最終週である1/29時点の求人数指数の変化率を見ると、飲食/フード、運輸/物流等、ITエンジニア等でマイナスとなっている一方、その他の業種は横ばいないしはプラスとなっている。
今回の震災では能登半島を中心に甚大な被害が生じたが、被災状況が比較的軽度な地域においても、宿泊のキャンセルが相次ぐなど、観光産業に対する風評被害が生じていると報道されている。こうした中で、観光産業に関連する職種であるホテル/旅館/ブライダルについては大幅プラスとなる一方、飲食/フードは大幅にマイナスとなるまちまちの結果となった。
観光庁は石川県・新潟県・富山県・福井県の北陸4県への旅行代金を割り引くことで北陸の復興を支援する「北陸応援割」を実施することを決定、2024年3月からGWまでを予定して調整中となっている。現状の計画では、宿泊費の50%、1泊1名につき上限2万円割引と、宿泊業にとっては非常に強力な支援策となると予想されている。一方で、全国旅行支援では、地域クーポンが旅行地の飲食店等での消費を喚起し経済効果が大きかったとされているが、今回の北陸応援割では配付は予定されていない。ホテル/旅館/ブライダルでの求人数指数の伸びは、震災発生後、風評被害に対応して迅速に決定された北陸応援割が事業者の安心感につながっている可能性がある。一方で、北陸応援割により観光需要が促進されれば地場飲食店にも恩恵があると予想されるものの、現状では北陸応援割の直接的な支援対象業種にはなっていない中で、飲食/フードの求人需要が減少している点には注意が必要と考えられる。
医療福祉等についても、変化率はプラスとなっている。北海道胆振東部地震でも、震災発生後半年ほど医療福祉関係の求人需要が増加していた3。東日本大震災では、長引く避難所生活等を背景に高齢者を中心に健康レベルが悪化し、医療福祉人材の需要が増加したことが指摘されている4。石川県庁でも、震災発生後1か月で、介護の必要な高齢者について、避難所での生活環境の変化から日常生活動作の悪化が見られる点に懸念が示されているほか5、医療従事者自身の被災による退職も報道されている6。医療福祉分野は全国的に見ても慢性的に人手不足な職種である。今後も、医療福祉等の求人需要の増加が続く場合、被災地における医療福祉分野の人手不足がより深刻となる可能性がある点には注意が必要である。
製造等および電気電子等では、震災前後の変化率はプラスとなっている。石川県には、半導体や電子部品メーカーの工場が集積しており、各工場は生産再開および被災前の生産水準への回復のために復旧作業を急いでいると報道されているが、求人需要は落ち込んでいないことが確認できる。
また、今回の地震ではインフラや住戸の被害が甚大となったが、建設/土木等の求人も高い伸び率を示していることも確認できる(図表2)。
【図表2】震災前後の求人数指数水準値の変化率(2023/12/25時点と2024/1/29時点の比較、月給+年収、ウエイト調整無、週次、職種別)
なお、特に震災の影響が出やすいとみられる職種について、震災前後での求人数指数の変化を全国と比較すると、ホテル/旅館/ブライダルと医療福祉等については、全国対比でみても変化率のプラス幅が大きく、全国的に見ても強い求人需要が存在していることがわかる。一方で、飲食/フードでは全国対比でみても、変化率のマイナス幅が大きくなっていることが確認できる(図表3)。
【図表3】震災前後の求人数指数水準値の変化率 全国と石川県の比較(2023/12/25時点と2024/1/29時点の比較、月給+年収、ウエイト調整無、週次、職種別)
〇震災後の求人動向の速報性・高頻度性のあるモニタリングの必要性
能登半島地震直後の正社員求人動向をここまで確認してきたが、震災復興はこれから本格化することや、震災の被害が深刻な地域では、生活、地域コミュニティや生業の変化による影響がこれから長期に渡って現出することを踏まえると、求人動向のモニタリングの必要性は今後もさらに高まってくると考えられる。
従来より、石川県の有効求人倍率はここ数年全国を上回って推移しており、全国対比でみて人手不足が深刻な地域であった。今後の震災復興にあたって、求人需要が大きく伸びる職種がある一方、当該職種の求職者が増加しなければ、雇用のミスマッチにより、復興に遅れが生じることも考えられなくはない。しかし、求人動向を素早くかつ高頻度にモニタリングすることで、こうした問題を早期に発見して対策を講じることができるかもしれない。
石川県では、かねてより知事・副知事主導でEBPM(証拠に基づいた政策運営)を推進しており、庁内にデータアナリストを配属してデータに基づく政策運営を実施するEBPM先進自治体である7。データに基づく政策運営により、一日でも早く復興が進むことを願っている。
以 上
【注釈】
1 石川県災害対策本部員会議資料(令和6年2月8日) https://www.pref.ishikawa.lg.jp/saigai/documents/0208shiryou.pdf
2 第1回石川県令和6年能登半島地震復旧・復興本部会議 議事録 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kikaku/documents/gijiroku_1st.pdf
3 ナウキャスト「HRog賃金Now」からみる災害時の求人動向 ~北海道胆振東部地震の場合~ https://nowcast.co.jp/news/20240110
4 菊池春子「東日本大震災による医療・福祉機能の被災と住民生活の変容―岩手県山田町の在宅療養患者世帯の実態調査から―」2013年度日本地理学会春季学術大会 日本地理学会発表要旨集
5 石川県庁災害対策本部員会議第35回会議資料 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/saigai/documents/0208shiryou.pdf
6 読売新聞「能登地震で自身も被災、家もなく…看護師「辞めたい」続々」2024年2月9日 https://www.yomiuri.co.jp/national/20240209-OYT1T50033/
7 日経新聞「石川県、スパルタでデジタル化 副知事流「3つの心得」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC021H60S3A800C2000000/
QUICK「デジタルの生み出す双方向性が地方行政の課題発見・解決を促進」 https://corporate.quick.co.jp/cases/ishikawa/
■参考リンク