株式会社ナウキャスト Economic Research Unit
ビジネスデベロップメント 市橋幸子
ナウキャストでは、令和6年能登半島地震の今後の求人市場への影響を検討する上で参考とするために、「HRog賃金Now」の指数を用いて、過去の激甚災害、具体的には2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震の際の北海道の求人及び募集賃金への影響について調査しました。
■サマリー
■北海道胆振東部地震とは
北海道胆振東部地震は、2018年9月6日に、北海道胆振地方中東部を震央として発生した地震で、厚真町で震度7を観測したほか、胆振・日高地方から石狩・空知地方にかけて震度5強以上の揺れを観測した。なお、北海道で震度7が観測されたのは、観測開始以降初めてとなった。
この地震では、震源地周辺で広範囲に大規模な斜面崩壊が発生したほか、 震度6弱を観測した札幌市などで液状化現象が発生し、住宅や道路に被害が出た。これらにより、道内では死者44人および多数の住家損壊など大きな被害が生じたほか、この地震の影響で複数の発電所が停止したことにより、道内全域で大規模停電が発生した。
(参考)札幌管区気象台「平成30年北海道胆振東部地震」 https://www.jma-net.go.jp/sapporo/jishin/iburi_tobu.html
■HRog賃金Nowからみた北海道胆振東部地震後の求人動向
◯HRog賃金Nowについて
HRog賃金Nowは、株式会社ナウキャストが、株式会社フロッグの求人広告データをもとに作成した正社員の募集賃金指数・求人数指数。週次で前年同期比を確認可能であり、総合・職種・都道府県別で指数を確認できるほか、職種×都道府県のクロスセル分析も可能。
今回は、HRog賃金Nowを用いて、北海道胆振東部地震前後の指数の動きを確認する。
◯全体の動向
HRog賃金Nowの北海道の求人数指数前年比をみると、地震発生から1か月後弱から約1か月間、全国対比10%程度上振れて大き目に上昇し、その後1年間程度、全国の前年同期比を5~10%上回る伸び率が続いた。北海道においては、全国対比でみて人手不足感の強い状況が続いていたとみられる(図表1)。
【図表1】HRog賃金Now求人数指数(全職種、前年同期比、週次)全国と北海道の比較
◯建設・土木・エネルギー関係職種の動向
職種別に求人数指数前年比をみると、建設・土木・エネルギーでは、地震発生の約1か月後から1か月間、全国対比大幅に上昇、その後半年程度は全国を5~10%上回る伸びが続き、その後は全国対比での伸び率が縮小した。東日本大震災の際には、復興需要を背景に建設土木系の求人が増加していたことが指摘されていた(注1)。北海道胆振東部地震においても、建物・インフラ被害への地震発生直後の急性的な対応での需要増加と、その後の継続的な復興需要の影響から半年程度全国対比での高い伸びが続いた可能性がある(図表2)。
なお、この間のHRog賃金Now募集賃金指数の建設・土木・エネルギーの動きを、月給ベースの実額でみてみると、地震発生後、北海道の求人数指数前年比が全国を大きく上回っていた期間においても、北海道の同職種の募集賃金実額は、地震発生前と変わらず全国と比べ月給で1万2500円程度低い水準に据え置かれていた。もっとも、その後半年間は北海道で募集賃金実額の水準が切りあがり、全国との差が約1万円程度に縮小すると、求人数指数の全国対比での伸び率も縮小していったことが確認できる(図表3)。
【図表2】HRog賃金Now求人数指数(建設・土木・エネルギー、前年同期比、週次)全国と北海道の比較
【図表3】HRog賃金Now募集賃金数実額(建設・土木・エネルギー、実数、週次)全国と北海道の比較
◯医療・医薬・福祉関連職種の動向
医療・医薬・福祉については、地震発生前から北海道の求人数指数前年比が全国を大幅に上回る状況となっていたが、地震発生後は一層伸び率が高まり、約半年間は全国を20%程度上回る状態が続いた(図表4)。東日本大震災の際には①避難所生活で高齢者の介護度や健康状態に顕著な悪化が見られたこと、②医療福祉関係の既存施設が被災し未復旧である状態から訪問型サービスの利用が震災後に増加していたことが指摘されている(注2)。北海道胆振東部地震においても同様の事象が発生した結果、医療・医薬・福祉の求人数が増加した可能性が考えられる。
【図表4】HRog賃金Now求人数指数(医療・医薬・福祉、前年同期比、週次)全国と北海道の比較
◯ホテル・旅館・ブライダル関連職種の動向
一方で、ホテル・旅館・ブライダルについては、地震発生直後は全国を上回る伸び率となったが、その後半年弱は全国を下回る傾向となった。地震発生直後は、震災直後の急性的な対応のためのインフラ・土木関係の宿泊需要等があったと思われる。一方、観光客需要としては全道で停電が発生したことによる風評もあって、宿泊施設などで大量のキャンセルが発生したとされている(注3)。
もっとも、政府と北海道が迅速に風評払拭や旅行需要喚起施策を実施(「北海道ふっこう割」(2018年10月開始))したことで、観光客数は早期に回復。HRog賃金Now求人数指数でみても、翌年春頃には北海道の求人数指数前年比は全国対比でみて遜色ない水準に回復した(図表5)。
【図表5】HRog賃金Now求人数指数(ホテル・旅館・ブライダル、前年同期比、週次)全国と北海道の比較
◯震災後の求人動向の速報性・高頻度性のあるモニタリングの必要性
東日本大震災の際には、建設土木や医療福祉関係の正社員の求人が増加する一方でこういった分野への求職者が増えなかったことからミスマッチが深刻となっていたことが指摘されている(注4)。
また、北海道胆振東部地震においては、政府や地方自治体の迅速な需要喚起策を背景に、観光関連業種における求人需要の減少の長期化を免れたと考えられる。
激甚災害発生後、足許で変化する求人動向を素早くかつ高頻度にモニタリングすることには、雇用ミスマッチや特定業種や職種での求人の減少等の労働市場での問題に対し適時に対策を講じることを可能にし、被災地域の迅速な復興に資すると考えられる。
【注釈】
(注1)平成25年度年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)内閣府
(注2)菊池春子「東日本大震災による医療・福祉機能の被災と住民生活の変容―岩手県山田町の在宅療養患者世帯の実態調査から―」2013年度日本地理学会春季学術大会 日本地理学会発表要旨集
(注3)堰八義博「北海道観光、V字回復の理由 北海道銀行会長に聞く震災復興」事業構想2019年2月号
(注4)風間春香「被災地雇用「職業間ミスマッチ」拡大の現実」2012年8月13日 みずほ総合研究所
■参考リンク