2024.07.30
レポート

HRog賃金Nowを用いた実質募集賃金指数の作成の試み

ナウキャスト Economic Research Unit

河村 絢也 余野 京登

2024/7/30



【概要】

  • HRog賃金Nowの募集賃金指数、および総務省消費者物価指数を用いて、実質募集賃金指数の作成を行い、名目値との比較を行った。結果、2024年の4-6月期に注目すると、名目募集賃金指数は前年比1%程度上昇しているものの、実質募集賃金指数は-2%程度であり、実質賃金の低迷が確認できた。
  • 企業規模で分析したところ、従業員数1-4人と従業員500人以上の企業で実質賃金が改善傾向にあるが、実質賃金の成長率がプラスに転じているわけではない。
  • 業種別で分析したところ、ほとんどの業種において実質賃金が低下しているものの、製造業や教育・学習支援業など実質賃金がプラスに転じている業種もあった。
  • 職種別で分析したところ、ほとんどの職種において実質賃金が低下しているものの、飲食・フード系や医療・福祉系の職種など実質賃金がプラスに転じている職種もあった。
  • 地域別で分析したところ、ほとんどの地域において実質賃金が低下しており、地方部と都市部における格差等の地域間格差も見受けられなかった。



【詳細】
〇本分析の背景について
 2023年5月の「毎月勤労統計調査」確報値によると、基本給にあたる所定内給与が前年同月比で2.8%増加し、約31年ぶりの高い伸び率を記録した。基本給に加えて、残業代も含む現金給与総額についても2.0%増加した。一方で、現金給与総額における実質賃金は1.3%減少し、26か月連続のマイナスとなっている。春闘による賃上げの動きが広がっているものの、物価高騰の影響が強く、物価上昇が賃金増加を上回っている状況が続いている。
 これらの結果を踏まえて、政府は春闘による賃上げの改定は今後徐々に実施されていくという認識を示したうえで、価格転嫁の促進や賃上げ促進税制の拡充等の支援を通じて、社会全体における賃上げを定着させる意向を示している。今後の賃金動向と企業の賃上げ実施時期が注目される中、実質賃金の動向の分析を通じて、経済状況や政策の影響を検討する必要がある。

〇本分析の目的について
 本分析では、HRog賃金Nowの募集賃金指数と総務省統計局が公表している消費者物価指数を使用して、正社員における年収ベースの実質賃金の動向についての分析を行う。
 HRog賃金Nowを使用する利点は主に2点ある。一点目は、毎月勤労統計調査と比べた時の速報性である。2024年7月25日時点で、毎月勤労統計調査の場合は実質賃金の指標が2024年5月まで利用可能であるが、HRog賃金Nowを用いると2024年6月の実質募集賃金指標を利用することが可能となる。これにより、賃金の動向や政府による政策の影響をいち早く分析することが可能となる。二点目は、求人の職種・地域、企業に関する情報も存在するため、企業規模別・業種別・職種別・地域別1でどの程度実質賃金が変化したかという詳細な分析が可能となる。

〇実質募集賃金指数の作成方法について
 本分析では、総務省統計局が公表している2020年基準消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)を使用して、名目募集賃金指数を実質化している。総合・企業規模別・業種別の指数については、各指数の名目値に対して全国の物価指数を割ることによって実質指数を計算している。また、地域別指数については各県庁所在地の物価指数で名目値を割ることによって計算している。

〇 名目値との比較
 図1は、HRog賃金Nowの募集賃金指数(名目・実質)と毎月勤労統計の所定内給与における賃金指数(名目・実質)の前年比の動向である。HRog賃金Nowの募集賃金指数と毎月勤労統計のいずれにおいても、物価上昇の始まった2022年3月を起点に名目賃金と実質賃金の差が拡大していることが分かる。2023年10月までは毎月勤労統計とHRog賃金Nowの募集賃金指数の動向が一致しているが、その後は乖離が生じている。速報性が高いHRog賃金Nowの募集賃金指数の2024年の4-6月期に注目すると、名目募集賃金指数は前年比1%程度上昇しているものの、実質募集賃金指数は-2%程度であり、社会全体における賃上げの浸透は道半ばである。

【図1】募集賃金指数と毎月勤労統計所定内給与における名目・実質指数の推移


〇 企業規模別の分析結果
 図2は、HRog賃金Nowの募集賃金指数(企業別)における名目指数と実質指数の動向である。上図の名目指数に着目すると、従業員数1-4人の企業で賃金の伸びが顕著であり、2024年6月期で前年比約3.8%と高い伸びを記録している。また、従業員数500人以上の企業についても、春闘後に名目指数が伸びている。一方で、下図の実質指数に着目するとこれらの賃金の伸びが観察されるが、いずれの企業規模においても成長率が-2〜0%程度となっており、物価に追いつかない状況となっている。春闘による賃上げの改定が今後徐々に実施されていくという見通しの下で、各企業規模ごとの実質賃金の動向に注目していく必要がある。

【図2】募集賃金指数(企業別)の名目指数(上図)と実質指数(下図)



〇 地域別の分析結果
 図3は、HRog賃金Nowの募集賃金指数(地域別)における名目指数と実質指数の動向である。上図の名目指数に着目すると、多少の例外はあるもののいずれの地域においても名目賃金が上昇傾向であることが分かる。一方で、下図の実質指数に着目するとこれらの名目賃金の伸びが物価上昇に追いついていないことが分かる。図3からは、ほとんどの県が物価上昇による実質賃金の低下の影響を受けており、都市部と地方部の両方において実質賃金が低下している。また、秋田県や和歌山県等の一部の県では直近で実質賃金が上昇しているが、これらの要因について分析したのが図4である。図4によると、秋田県や和歌山県における実質賃金の上昇は物価水準の変動要因によるものではなく、名目賃金の大幅な伸びによるものであることが分かる。上記の分析から、名目賃金を伸ばしていくことが実質賃金の伸びにつながるという示唆的な結果が得られた。

【図3】募集賃金指数(地域別)の名目指数(上図)と実質指数(下図)



【図4】募集賃金指数(地域別)の要因分解


〇 業種別の分析結果
 図5は、HRog賃金Nowの募集賃金指数(業種別)における名目指数と実質指数の動向である。上図の名目指数に着目すると、全体的に名目賃金が上昇傾向であるが業種ごとにばらつきがある。例えば、製造業や教育・学習支援業では名目賃金の上昇率が高く、マイナスの状態から急速に回復している。一方で、卸売・小売業では名目賃金の低迷が続いており、賃上げの伸び悩みがみられる。こうした傾向は下図の実質指数でも見られる。名目指数の上昇幅が大きい製造業や教育・学習支援業は実質指数においても上昇しており、他の産業と比べて実質賃金がマイナスの状態から回復していることが分かる。

【図5】募集賃金指数(業種別)の名目指数(上図)と実質指数(下図)




〇 職種別の分析結果
 図6は、HRog賃金Nowの募集賃金指数(職種別)における名目指数と実質指数の動向である。上図の名目指数に着目すると、業種別の分析と同様に、職種ごとにばらつきがある。例えば、飲食・フードや医療・福祉系において名目賃金が伸びていることが窺える。また、ホテル・ブライダル系や販売・接客系の職種などは長期間にわたって名目賃金が低迷してきたが、ここ数カ月で回復の兆しを見せている。一方で、下図の実質賃金に着目すると、飲食・フードや医療・福祉系の職種以外は実質賃金がマイナスとなっており、広範な職種において実質賃金が低迷していることが分かった。

【図6】募集賃金指数(職種別)の名目指数(上図)と実質指数(下図)



〇結論
 今回の分析結果を踏まえると、実質募集賃金指数は-2%程度であり、社会全体における賃上げの浸透は道半ばである。また、企業規模別に分析すると、従業員数1-4人と500人以上の企業において実質募集賃金が急速に伸びており、春闘による2024年の春闘における高水準の賃上げや政府による賃上げ支援施策等の影響が一部の企業に影響を及ぼしていることが分かった。
 一方で、これらの実質募集賃金の伸び率はプラスになっておらず、物価上昇に賃金上昇が追いついていない現状がうかがえる。春闘による賃金改定の影響や政府による賃上げ促進のための施策の影響は今後徐々に表れることが見込まれており、速報性の高いHRog賃金Nowの募集賃金指数を用いてこれらの動向を引き続き分析していくことが重要である。



1 職種別指数は、HRog社が独自に主要な求人媒体を参考にして分類しています。業種別指数は、総務省の日本標準産業分類に基づき、「情報通信業」「製造業」「宿泊業、飲食サービス業」など主要業種ごとに募集賃金と求人数の動向を可視化しています。企業規模別指数は、毎月勤労統計調査に倣い、従業員数を5-29人、30-99人、100-499人、500人以上で分類し、募集賃金と求人数の動向を可視化しています。(参考リリース

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