2024.05.09
レポート

最低賃金の引き上げによるパート・アルバイトの募集賃金への波及効果

ナウキャスト Economic Research Unit

河村 絢也 余野 京登

2024/5/9


最低賃金の引き上げによるパート・アルバイトの募集賃金への波及効果


【概要】

  • HRog社の提供する求人ビッグデータを用いて、例年10月に行われる最低賃金の引き上げによるパート・アルバイトの募集賃金への波及効果について分析を行った。結果、2023年10月の最低賃金引き上げにより、前月比賃上げ率が2〜6%である企業の割合が15%増加しているなど、賃上げへの波及効果が確認できた。
  • 職種別で分析したところ、1%以上の賃上げを実施した企業の割合の多い職種は、製造、販売、運輸、ホテル、飲食等であり、各職種の2023年9月時点の募集賃金の中央値と上昇した企業の割合には負の相関があった。このことから、最低賃金の引き上げは、引き上げ前の募集賃金の低い職種ほど波及効果があると言える。
  • 地域別で分析したところ、神奈川県や青森県で1%以上の賃上げを実施した企業の割合が多く、2023年9月時点のカイツ指標と呼ばれる最低賃金付近で働く労働者割合を示唆する指標と賃上げをした企業の割合に正の相関があった。したがって、最低賃金付近で働くパート・アルバイト労働者の割合が大きい地域ほど、賃上げを実施した企業の割合が多いことが分かった。



【詳細】
〇本分析の背景について
 2024年の春闘において、高水準の賃上げが相次いでいる。連合(日本労働組合総連合会)が4月4日に公表した「2024春季生活闘争 第3回回答集計結果」によると、平均賃金方式で回答を引き出した2,620組合の加重平均は5.24%であり、1991年以来となる5%超の水準となった。一方で、春闘における賃上げは正規労働者が中心であり、このような賃上げの流れがパート・アルバイト労働者にも波及していくことが全体的な賃上げを実現するためにも不可欠である。
 パート・アルバイト労働者への賃上げを促す上で重要となるのが最低賃金の引き上げである。2023年度の最低賃金改定では、全国平均の時給で43円の引き上げという過去最大の改定が行われた。パートタイムをはじめとするパート・アルバイト労働者の中には最低賃金付近で働く労働者が一定割合いるため、最低賃金の引き上げがダイレクトに賃上げを促進する可能性が高い。

〇本分析の目的について
 本分析では「HRog賃金Now」の作成に用いた元データであるHRog社の求人ビッグデータを使用して、2023年10月の最低賃金引き上げがパート・アルバイト労働者の賃金に与えた波及効果を明らかにする。
 求人ビッグデータを使用する利点としては、企業ごとの募集賃金が計算可能となるため、企業がいつ、どの程度賃上げを行ったかということを分析することが可能となる点である。また、求人の職種・地域に関する情報も存在するため、企業が特定の職種・地域についてどの程度賃上げを行ったかという詳細な分析が可能となる。まず、本分析では各月ごとに企業ごとの前月比募集賃金上昇率を計算する。その後、計算した募集賃金上昇率を用いて、賃金上昇幅カテゴリ(賃上げなし、0-1%、1-2%など)ごとの企業の割合を全体・職種別・地域別に計算し、最低賃金のタイミングで賃上げを行った企業の割合が増加したのかについて全体・職種別・地域別で明らかにする。

〇最低賃金引き上げの全体的な影響について
 まず、図1では2023年10月の最低賃金引き上げに着目する。図1は、最低賃金改定前の9月と改定後の10月のそれぞれにおいて賃上げした企業の割合を比較し、最低賃金引き上げによってアルバイト・パート労働者の賃上げがどの程度拡大したのかを分析している。2023年10月の最低賃金引き上げによって、賃上げが1%未満の企業の割合が15%減少し、賃上げが2〜6%の企業の割合が15%増加している。これらを踏まえると、最低賃金の引き上げにより、アルバイト・パート労働者の賃上げを実施する企業は増加し、賃上げ幅は2〜6%程度となることが示唆される。

【図1】2023年9月、10月に賃上げした企業割合の比較



 図2では、前月比で賃上げした企業の割合を賃上げ率ごとに分類し、その推移をプロットしたものである。

【図2】アルバイト・パート労働者の賃上げを実施した企業割合



 図2を見ると、コロナ禍での特別措置で最低賃金額に大きな変化がなかった2020年を除く年の10月、つまり最低賃金引き上げのタイミングにおいて前月比で賃上げを実施した企業の割合が増加している。一方、同じタイミングでの賃上げが1%未満の企業の割合が減少している。

〇職種別の影響について
 図3では、職種別に前月比で1%賃上げした企業の割合を時系列でプロットしたものである。

【図3】賃上げを実施した企業の職種別ヒートマップ


 図3を見ると、いずれの職種でも特別措置のあった2020年を除く全ての年の最低賃金引き上げタイミングにおいて前月比で1%以上賃上げを実施した企業の割合が増加しており、最低賃金に伴い、アルバイト・パート賃金を引き上げる企業の割合は年々増加していることが分かる。また、パートタイムの賃上げに応じた企業の割合が大きい職種としては、製造、販売、運輸、ホテル、飲食等となっている。さらに、これらの職種において賃上げが波及している原因を明らかにしたのが図4のグラフである。

【図4】2023年10月に対前月1%以上賃上げした企業の割合と9月の募集賃金(職種別)


 図4によると、2023年9月時点で募集賃金の中央値が低い、つまり時給の低い職種ほど、賃上げの広がり具合が大きい事が分かる。

 上記の分析をまとめると、2023年の最低賃金引き上げは、ほとんどの職種のパート・アルバイト労働者の賃金指数を引き上げる企業が一定割合増加するなどの効果があったことが示唆される。また、最低賃金引き上げは、引き上げ前の2023年9月時点での賃金水準が低い職種のパート・アルバイト労働者に恩恵があることが分かった。

〇地域別の影響について
 図5では、地域別に前月比で1%賃上げした企業の割合を時系列でプロットしたものである。

【図5】賃上げを実施した企業の地域別ヒートマップ


 図5を見ると、いずれの地域でも2020年を除く全ての年の最低賃金引き上げタイミングにおいて前月比で1%以上賃上げを実施した企業の割合が増加している。また、最低賃金に伴いアルバイト・パート賃金を引き上げる企業の割合は年々増加しており、2023年10月においては、ほとんどの地域で2割以上の企業が賃上げに応じている。一方で、引き上げた企業の割合については地域ごとにばらつきがある。賃上げの波及における地域差について、①地域別の賃金水準が重要、②最低賃金周辺で働いている労働者の割合が重要、という2つの仮説に基づいて追加分析を行う。

 以下の図6では①の仮説の検証を行っている。図6によると、地域別の募集賃金(中央値)の大きさは必ずしもパート・アルバイト労働者における賃金上昇の広がりと正の相関関係ではないことが分かる。

【図6】2023年10月に対前月1%以上賃上げした企業の割合と9月の募集賃金(地域別)


 一方、以下の図7では②の仮説の検証を行っている。図7では、100%に近いほど最低賃金で働いている労働者が多いことを示唆する指標であるカイツ指標を作成して、分析に使用した。カイツ指標は最低賃金を募集賃金の中央値で割ったものに100をかけたものであり、カイツ指標は100%に近いほど最低賃金で働いている労働者が多いことを示す。

【図7】2023年10月に対前月1%以上賃上げした企業の割合と9月のカイツ指標(地域別)


 図7によると、2023年9月時点でカイツ指標が高い、つまり最低賃金付近で働いている労働者の割合が多い地域ほど、賃上げの広がり具合が大きい事が分かる。
 例えば、図6のグラフを見ると、神奈川県における2023年9月時点での募集賃金の中央値は1200円と高く、一方で青森県は950円と低いにもかかわらず、最低賃金の変更により募集賃金を引き上げる企業の割合は両者ともほとんど同じである。そこで、図7のカイツ指標を用いると、神奈川県は募集賃金の中央値が高いが、最低賃金額も高いため、最低賃金付近で働いている労働者の割合は、青森県と同程度であることがわかる。両者のカイツ指標が同程度であるため、両者の最低賃金の変更による募集賃金を引き上げる企業の割合もほとんど同じであることが説明できる。したがって、カイツ指標を用いることで、最低賃金の変更による賃上げの広がり具合の関係をより適切に分析することが可能となる。

〇結論
 今回の分析結果を踏まえると、最低賃金の引き上げはパート・アルバイト労働者の賃上げを促進する効果があるということが言える。また、職種別・地域別に分析すると、最低賃金は最低賃金付近で働く労働者が多い職種・地域の労働者に対し効果が高いことが分かった。
 これまで、地域別最低賃金の引き上げの基準としては、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない(最低賃金法)とあり、これに基づいて決めている。しかし、2023年10月の引き上げにおける地域別の分析では、青森県で37%の企業が1%以上の募集賃金の賃上げを行っているのに対し、熊本県で25%の企業しか1%以上の引き上げをしていない。そのため、地域間で賃金上昇への波及度合いに差異が生じている。
 最低賃金法で定められている要素以外に、最低賃金付近で働く労働者の割合も考慮に入れることで、最低賃金の引き上げの波及度合いを均等に及ぼすことができ、より多くの企業に対して、賃金上昇を促せると考える。


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